猪木武徳『戦後世界経済史』

戦後世界経済史―自由と平等の視点から (中公新書)

戦後世界経済史―自由と平等の視点から (中公新書)

猪木先生は日経の夕刊に昔コラムを書いていて、それが好きだったのがきっかけで読むようになった。穏やかで知的でときにパンチのある、おもしろい文章を書く方です。しかし、そのコラム何人かが交代で書くやつなんだけど、ほんとにひどい人もいたな。行天豊雄の文章とか、空虚でひどかった。

さて、本書であるが、まったくもってタイトル通りの一冊である。本著には「自由と平等の視点から」という副題が添えられているが、著者は以前『自由と秩序』という単著を上梓していて、一貫してこのテーマに興味を抱いている。戦後の経済は、西側陣営も社会主義陣営も、ある程度自由を犠牲にして統制のとれた経済成長を目指してきた。マーシャル・プランも、米国の資源を欧州に強制的に分配するものであって、計画経済的と言えなくもない。アメリカも、組合の共産化をおそれて、大分組合の意向を聞いた経済運営を行っていた(「デトロイト条約」)。

そういう傾向が変わってきたのは、サッチャーの登場あたりで、新自由主義が世界的に台頭してきたころだ。サッチャーの首相就任は1979年。第二次オイルショックの年である。オイルショックは先進諸国で(日本では例外的に影響が小さかったが)深刻なスタグフレーションをもたらした。ちなみに論者によっては、第一次オイルショックを戦後最大の経済イベントとみなす人もいるそうだ。そういう状況に彼女が打った処方箋はこんなん。<サッチャーは、マクロ経済政策や産業政策への組合の関与を遮断、政府の労働市場への関与も最小限にする(非正規労働者の採用と解雇に関する規制の廃止など)「小さな政府」を政策のゴールとして掲げるのである。[…] こうした政策は、米国のレーガン大統領のそれとも軌を一つにしており、「社会契約」「コーポラティズム」から新自由主義への転換が1980年代頃から世界経済の潮流となるのである。> (p. 244)

そういうトレンドが10年ほど続いているうちに、いつのまにか社会主義諸国が軒並み崩壊してしまった。ばんざい、自由主義の勝利!!と思って、そこから20年くらいは順調に来たものの、ここ2年-3年くらいで、その新自由主義に疑問が呈されている。金融危機をきっかけに、ケインズに戻れとか、過激なところだと社会主義的政策を見直そう、みたいな動きが出ている。オバマの医療関連法案とかは典型的な動き。

経済的自由はいいんだけど、それは不平等や不安につながる。どうも不平等が過ぎると経済成長に悪影響を与えるらしい。経済的自由を享受するには、それを保証する政府がきちんと機能しないとならない。しかし、きちんと機能する政府は、厚い中間層が形成された国でないとうまく成立しない。

自由と平等と経済成長をどうやって実現していくかというのは、まったくもって難しい問題であるが、著者は少しだけ答えのようなものを出そうとしている。<現在のところ、人的資本、すなわち人間の知的・道徳的質が、成長にも民主化にも一番重要な要因と考えられること。政治制度は経済のパフォーマンスにとって二次的な効果しか持たないこと。第一次効果は人的・物的資本であること、人的資本の乏しい国(教育や道徳水準の低い国)でのデモクラシーの実行可能性はあやしく、人的・物的資本への投資から経済成長へ、そしてデモクラシーなどの政治制度の整備・確立という方向への展開の方が因果関係として重要だということになる。> (p. 370, 別の研究者の調査結果を要約して)

やはりそういうことでしたね。島田紳助がカンボジアにまず学校を建てようとしたのは正しかったのかも。
とにかく手元に置いておくと便利そうな一冊です。