猪瀬直樹『ミカドの肖像』

東浩紀のツイートがきっかけで購入。

Amazonで買った後に気付いたが文庫本で900ページ弱あってびっくりした。これ、ひとつの作品というより、三つの独立した作品のように読める。第一部は西武グループ創始者・堤康次郎がどのようにして旧皇族の土地を手に入れていったかを探る。これが一番おもしろい。第二部は、オペレッタ「ミカド」の成立と伝播を追う。これは世界中を旅してスケールとしては壮大だがやや強引。第三部は、明治天皇の御真影(社会の教科書に載っているやつ)がどのように作成されたかについて。あれは写真じゃなくて、絵だったんだって。へー。

っちゅうことで第二部と三部はおいといて、第一部について少しメモ。
康次郎の後継者、堤義明は1987年のフォーブス誌の記事で、総資産210億ドルで世界一の資産家と認定された(「解説」より)。本書の出版は1986年だから、当時もっともホットな日本人の一人だったと言える。資産のほとんどは土地である。また、本書によれば、出版時点の土地の評価額は、三菱地所の2兆円、東急電鉄の1兆円に対し、西武鉄道グループは4500万坪(東京23区の4分の1)、12兆円相当だったそうだ。桁が違う。

この土地は多くは旧皇族の土地である。康次郎は戦後のどさくさにまぎれて旧皇族の土地をどんどん手に入れていった。朝香邸、北白川邸、竹田邸、東伏見邸、李王邸。全て昭和二十年代に康次郎が入手したものだ。ちなみに、これら邸宅の跡地にはプリンスホテルが建っているが、それぞれのホテルが与える不統一な印象は錯覚ではない。康次郎はホテル経営にはぜんぜん興味がなかった。単にその土地を抑えておくことが大事だったのだ。

しかし、旧皇族も別にだまされてこの土地を取られてしまったわけではなく、例えば竹田宮などは堤一族が斡旋した仕事について、今でも良好な関係を持っている。要するに、戦後、さまざまな特権を失って食っていけなくなった皇族が俗世間を渡る船頭として康次郎を必要としたということであった。西武グループは、フォーブスの記事でも分かる通り、バブル期の日本を象徴する存在であったわけだが、その資産の大部分は、旧皇族との共犯関係によって蓄積されてきたということは、日本の戦後史を考える上で象徴的なことだと思う。日本の戦後は、「うまい汁」吸った共犯者たちがのしあがった時代だった。松下幸一郎も井深大も資産家になったが、結局、堤義明が資産家のトップになった。ぼくら、今の30代はこういう空気の中で幼少時代、少年時代を過ごした。そんな年代には、なかなかベンチャースピリットは育たないのではないかと思う。猪瀬直樹は、天皇制が近代・現代にも残している影響を探ろうとしているが、ぼくは、そういう共犯者文化(なんて言い方は普通しないが)の影響の方に興味がある。ある意味その頂点にいるのは天皇なのかもしれないが。

ミカドの肖像(小学館文庫)

ミカドの肖像(小学館文庫)