富山和彦『会社は頭から腐る』

会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」

会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」

この方、中高の先輩で、どんなことをされているのか前から興味があった。企業再生って、どんな修羅場なのか知りたくもあったし、ボストンコンサルティング辞めてベンチャー立ち上げた後こういう道に入ったという経歴もおもしろいと思っていた。

富山氏は、ボスコンで経験を積んだ後スタンフォードでMBA取得、その後コンサルのベンチャー(コーポレートダイレクションインク、”CDI”)を同僚と起業、一時代表取締役も務め、その後産業再生機構のCOOになりカネボウなどの再生に尽力した。ぴかぴかでスマートな経歴にも思えるが、意外とCDIの経験などは泥臭く、現場感がある。

本書は、けっこうあたり。短く、簡潔で飾りのない文章で、自らの経験してきたことを訥々を語っている。うさんくさい経営学のジャーゴンがぜんぜん出てこないところに好感が持てた。

印象に残った箇所。<だからスタッフ部門の「忙しくて手が足りない」「忙しいからちゃんとした分析や計画書を出せない」という話はだいたい、話半分に聞いておいて大丈夫である。そのような状況下ではスタッフ部門の人員、とりわけ管理職やそれに準ずる中高年おじさんの頭数は思い切って減らした方が業務遂行能力も意思決定のスピードと的確性も向上する。[…]
[…]以前ミスミの創業者である田口弘社長(当時)から、「人が足りないという部門からはむしろ人を取り上げた方が本質的な効率改善が進むものだ」といわれて「うーむ」と頭を抱えたことがある。田口さんはこのようなパラドックスを見抜いていたのであろう。> (p. 16)<日本の経営者に多いが、困ったことが起きると、競争相手は何をしているのかと聞く。あるいは、役所は何といっているのか、銀行はどういう意見か、君はどう思うのか、と聞いて、聞いた話を四つ足して四で割るような手だてを打つ人が多い。
マネジメントは自分の意思と言葉を持っていなければならない。自分の頭で考えて、自分の意思で勝ち抜こうという人間でなければ、本当に厳しい状況で正しい解を創出できないし、おそらくは厳しい施策となるその解を断行しようとしても、現場が付いてこない。
こうした上層部の能力不足に、若手社員が根深い不信感を抱いていることに彼らは気がついていない。経営に関わるいろいろな仕事をしていて、最後の最後に行きつくシリアスな問題は、実は多くが世代間対立だったのではないか、という思いを私は持っている。> (p. 79)

これけっこう激しい主張だが、肯ける。経営問題の根幹が「世代間対立」というのは言い得て妙で、目からうろこだった。あまりこういう視点で仕事の現場の問題を考えたことがなかった。いろいろ見てきた著者が「最後の最後に行くつくシリアスな問題」と書いているくらいだから、ほんとうにそうなんだろう。シリアスな問題であるからには、何とかして解決した方がよいのだが、中高年のおじさんの頭数は思い切って減らすとかいうのは最終的な解決にならないのは自明である。本書で何か解決策が示されているわけではないが、中高年のおじさんに任せていては絶対解決しない問題なので、これは「若者」(!?)としてもう少し考えた方がよいと思った。

こういう状況を搾取-被搾取の問題として捉えて論じる人もいるのだと思うが、実際には若者もいずれは年を取り、多くは搾取者の側に回ることがほとんど自明なのであるから、例えば階級問題/南北問題/性差問題に比べると対立構造がもう少しややこしい。途上国はいくらがんばっても先進国の仲間入りできるかどうかは定かではない。しかし、若者は必ず中高年の側にいつか、なる。「闘争」しようにも力が入らない。ともかく、本書で何か解決策が示されているわけではないが、中高年のおじさんに任せていては絶対解決しない問題なので、これは「若者」(!?)としてもう少し考えた方がよいと思った。

最後に。<ガチンコ勝負をしないということは、負け戦を経験していないということである。勝ちも経験しないが、負けも経験しない。実はこの負けを経験するのが、ものすごく大事なことなのである。[…]
そもそも人間というものは、それほど強くなく、勝ったときには何も学べない生き物なのである。> (p. 183)

こういうあからさまな率直な文章がよい。経営学のジャーゴンを使っていない、というのはこういう箇所のことだ。

★★★★☆