『波乱の時代』 A.グリーンスパン

1987年から2006年までFRBの議長を務めたグリーンスパンの自伝。サブプライム危機のあといろいろたたかれた人だが、やっぱり立派な人だと思う。自伝といっても、伝記的な部分は半分で、残りの半分は世界経済の分析に充てられている。この残り半分が特におもしろい。この人は「市場」が何かということを多分世界で一番よく考えている人ではないかと思うし、「市場」の動きに対しておそらく世界で一番責任が重かった人だ。そういう人の意見は重いし、そういう人の経験と考えがこういう本になって皆が共有できるというのはとてもよいことだと思う。そういえば日本の要人ってあんまり自伝書かないよね。もっと出せばいいのに。

グリーンスパンによれば、今の世界はこうなっている。

<9.11の後、わたしはあらためて世界は変わったのだと確信した。世界全体に資本主義経済が広がり、二十五年前に比較してもはるかに柔軟で、回復力があり、開放的で、自律的で、急速に変化する新世界、それがいまの世界なのだ。桁外れの新しい可能性があり、同時に桁外れの新しい問題がある。そういう世界である。> (上巻p. 20)

サブプライム後の回復を見ると確かに彼の理解は正しいのだろうと思う。資本主義経済は柔軟で回復力があるのだ。しかし、彼は楽天的に市場の万能性を信じているわけではない。むしろ本書で強調されているのは、規制当局に何年もいたけど、結局市場ってコントロールできないよね、ってこと。みんな何か問題が起こるとすぐに規制をしろとか騒ぐけど、規制って作るのも執行するのも大変なのだ。日本でも「日本版SOX法」とかできちゃったけど、グリーンスパンはSOX法は本当に悪法だと本書で述べている。サブプライムだって「新しい」問題だったけど、もし仮に当時サブプライムローンに何らかの規制があったとしてもなにか別の「桁外れの新しい問題」が別のところで起こっていたはずなのだ。

そしたら、政府とかFRBの役割は何か。グリーンスパンが強調するのは財産権の保護と法の支配である。きちんと法を執行して財産を保護して、ビジネスを守ること。これ、合衆国憲法の大事な原理のひとつらしい。

<合衆国憲法が、アメリカの繁栄にいかに重要な役割を果たしてきたのか、そして今後も果たしていくのかに、アメリカ国民のほとんどは気づいているとは思えない。> (下巻 p. 285)

だそうだ。ふむふむ。アメリカはよくも悪くも「原理主義」の国だが、この原理はうまくいっているんだろうね。日本もSOX法まねるなら合衆国憲法をまねた方がよかったんじゃないか。けっこう既に似ているところもあるんだが。

例えば、ロシアなどはこの原理がまだ徹底されておらず石油会社が国有化されたりしている。中国もどうなるか分からない。アメリカも難しい問題を抱えている。例えば、財産権と言っても、知的財産権とか無形の財の重要性が高まっている中で政府はどうやって財産権を保護すればいいのか。米上場企業の時価総額の1/3が知的財産権によるものらしい。GDPは1946年から2006年の間に実質ベースで7倍になった。けど、原材料の投入量はほとんど増えていないそうだ。われわれは、そういう、材料以外の、無形の知識が価値を生む経済に生きていて、その価値増殖の仕組みをうまく保護する仕組みを改めて考えなければならない。

こういう新しい問題に対する回答はグリーンスパンもまだ準備できていないのだけども、われわれがいったいどのような経済社会に生きていて、今後何に直面するのか、本書はいろいろな示唆を与えてくれる。いや、淡々とした筆致のわりに興奮させられた一冊でした。

波乱の時代(上)

波乱の時代(上)

  • 作者: アラングリーンスパン,山岡洋一/高遠裕子
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2007/11/13
  • メディア: ハードカバー
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